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阪神淡路大震災[写真調べ学習]プロジェクトの中高生、大学生の活動(公式サイトはhttp://home.kobe-u.com/sinsai/)と、防災副読本『語り継ぎたい。命の尊さ~阪神淡路大震災ノート』(学びリンク刊)関連の動きをお伝えします。
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「ドキュメンタリーな学習」
ニュースサイト『ハフィントンポスト』で
法政大の水島宏明教授が「ドキュメンタリーな学習」に
注目しているという記事を書いています。
水島さんは、

 「ドキュメンタリーな学習」というのは、
 テレビや映画のドキュメンタリーに登場するような
 "リアルな現場"を実際に取材して
 "生身の当事者"が経験した痛みなどを追体験し、
 問題の本質を考える教育のことで
 私が勝手に名付けたネーミングだ。

と述べています。

水島さんは、札幌テレビ出身で
報道ドキュメンタリーを制作する仕事を長くやった後、
2年あまり前に大学の教員に転じ、
現在はドキュメンタリーを作る
授業(演習、ゼミナール=ゼミ)を担当しています。

愛媛県の南海放送のディレクター
伊東英朗さん(52)が制作した
ドキュメンタリー番組
『放射線を浴びたX年後
 ~ビキニ水爆実験、そして…』と、
そこに登場する
高知県西部の幡多地区の
高校に通う生徒たちが参加する
自主的な社会勉強サークル
「幡多(はた)ゼミナール」の活動に
触れています。

詳細は『ハフィントンポスト』
「放射線被害を告発した「ドキュメンタリーな学習」
 映画で脚光を浴びても衰退の危機はなぜ?【映像あり】」
http://www.huffingtonpost.jp/jcej/radio-active-documentary_b_5328853.html

      ◇          ◇

「ドキュメンタリーな学習」の大切さ

◆どこにいてもそこが「世界の中心」

 水島宏明さんが取り組んでいる「ドキュメンタリーな学習」は、インターネットの世界に入り込み、社会とのつながりが希薄な現代の若者をリアルな世界に引き戻そうとする試みといえます。大学生より年下の高校生も同様で、身近でないことに関心を持たない者が少なくありません。インターネットの普及により、どこにいてもそこが「世界の中心」となって情報は集められるし発信もできるようになると、その場にどっかと居座って動こうとしなくなるのだと思います。特にスマートフォンの普及により、この傾向は加速しているようです。インターネットが普及する前は、図書館であれ様々な現場であれ、その場に行かないと情報が集められませんでしたから、否応なく現場に足を運ぶしかなかったわけです。


◆調べればわかるので覚えない

 先日、ある大学の先生がこんな話をしていました。

 「最近の学生は、講義の最中でも、わからないことがあればすぐにスマートフォンで検索して調べようとする。すぐに答えが見つかるから、基本的なことでも覚えようとしない」

 電子辞書は目的の単語の意味がすぐにわかって便利だし、インターネットのルート検索サービスを利用すれば目的地までの最適なルートをすぐに教えてもらえます(検索会社のCMでもやっていますね)。これらは確かに便利ですが、基礎的な知識がまだ十分身についていない若い世代がこれらを日常的に利用するようになると、上記のような「覚えなくてもいいじゃん。すぐに調べられるんだから」というワナにはまってしまうことになります。鉄道の路線図が頭にはいっていないと、事故等でいつものルートが使えなくなったときに、代わりのルートを探すのに苦労します。ルート検索は、運転見合わせの状況を反映していませんからね。このように、時代の変化が若い世代の思考や行動を大きく変えています。


◆身近な地域で起きたことを調べてみる

 水島さんが紹介している高知県の幡多ゼミの活動は、地元の漁船員が水爆実験の被害を受けたにもかかわらず、そのことがきちんと社会に認知されていない、ということから始まっているものなので、比較的取り組みやすい事例だと思います。

 同様の事例としては、1994年に発生した松本サリン事件の報道被害について取材した長野県立松本美須々ケ丘高校の『ニュースがまちがった日』があります。これは、高校生が長野県内の民放各社を取材して、どうしてあのようなまちがった報道が行われてしまったのかを検証しています。放送局によって対応に差があったり、生徒たちが試行錯誤を繰り返した様子などは、同名の本で詳しく紹介されています。
(『ニュースがまちがった日―高校生が追った松本サリン事件報道、そして十年』 林 直哉、松本美須々ケ丘高校放送部 著、太郎次郎社エディタスより出版。第20回東京ビデオフェスティバルで入賞した作品はこちらで見ることができます。http://itv-nagano.com/contents/tsb_0001/

 水島さんの記事の中にこんなことが出てきます。

 「元漁師やその遺族が重い口を開いたのには、取材したのがマスコミとは違って「地元の高校生」だったから、という要素が強かったという。」

 赤の他人に対しては話したくないが、地元の若者には話しておきたい、という気持ちがあるのでしょう。取材する人が変われば、埋もれていた事実を掘り起こすことができるということでしょう。


◆時間の経過と記憶の風化

 私たちが取り組んだ「阪神淡路大震災[写真調べ学習]プロジェクト」は、震災から15年が経過して、当時を知らない世代が関係者にお話を伺いました。取材された方々の中にも、時間の経過とともに震災の被害を知らない世代が増えていることに気づいて、今まで積極的に話してこなかったことを語ってくださったケースもありました。

 また私たちの活動は、神戸や淡路島など被災地だった地域の高校生や大学生が取り組んだものもありましたが、その過半数は被災地以外の地域に住む中高生が取り組みました。彼らは、土地勘がほとんどない場所で起きた過去の災害の様子を調べたわけです。被災地のことを知らない苦労もありましたが、先入観を持たない新鮮な目で見ることもできたのではないかと思います。


◆ふだんは気づかない問題をあぶり出す

 私も毎年地理の夏休みの課題として、「身近なところの自然災害発生危険度チェック」を生徒に行わせています。現行の学習指導要領から、地理の授業で防災について学ぶ時間を大幅に増やされました。それに対応するためでもありますが、ふだんと全く様相が変わってしまう災害時には、「どうしてこんな場所で人が死んでしまうの?」と思うようなところで人の命が奪われてしまうことがあります。ふだんはその危険性に気づいていないわけです。こうした気づいていない危険性が身の回りにないかを生徒に洗い出させています。

 これは私の実体験に基づいています。私が高校生のとき、大雨で道路が冠水したため道路と用水路の境界がわからずに、その用水路に転落して後輩が亡くなりました。用水路に架かる短い橋には欄干がなかったため、膝丈まで浸水した状況ではどこが橋なのかがわからなかったわけです。事故後、現場の橋にはガードレールが取りつけられましたが、事故が起こる前にはこの危険性に気づく人はほとんどいなかったのでしょう。


◆高校生ならではの発想力と行動力に感服

 無実の人が17年間も服役した足利事件。2009年にDNA鑑定のやり直しの結果元被告が釈放された後、神奈川の総合学科高校に通うある生徒が、自分の課題研究のために元被告の菅家利和さんにインタビューを申し込み、直接お話を聞く機会を得ました。最初は難色を示していた先方も高校生の熱意に押されて承諾したそうです。大人だったら、釈放後すぐにここまでやろうとはなかなか思わないでしょう。高校生ならではの発想力と行動力だと思います。こういう若者を少しでも増やせたらな、と思います。

横浜緑ケ丘高校  川手 徹
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