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阪神淡路大震災[写真調べ学習]プロジェクトの中高生、大学生の活動(公式サイトはhttp://home.kobe-u.com/sinsai/)と、防災副読本『語り継ぎたい。命の尊さ~阪神淡路大震災ノート』(学びリンク刊)関連の動きをお伝えします。
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【写真1】燃える民家と乗用車を押す人たち:せめて車を守ろうとしたのか?:手がかりは尼崎に…/僕たちの阪神大震災ノート
【写真1】燃える民家と乗用車を押す人たち
http://home.kobe-u.com/sinsai/images/photo01_theme.jpg

この写真は、
「激しく燃える民家と乗用車を押す人たち」
(1995年1月17日午前7時30分、神戸市東灘区)
という写真解説とともに
共同通信社が配信した写真です。

せめて車を守ろうとしたのか?

つくば開成高校京都校チームのメンバーには、
炎が迫る中、車を押している構図が、
緊迫感があり強く印象に残りました。
この人たちの家は無事だったのか?
ほかの家財はあきらめて車を守ろうとしたのか?
知りたいことがいくつも出てきました。
東灘区は広いので場所の特定から始めることにしました。

現場は阪神御影駅近くのお寺の境内

写真の版権をもつ共同通信社に問い合わせると、
撮影したのは、同社編集局ニュースセンター整理部委員の
酒井カメラマンと判明。
阪神御影駅から神戸方面に数100m行ったお寺が
この写真の現場と教えていただきました。

Oさんの車ではないか

お寺を特定し、
ご住職にうかがうと、
「Oさんの車ではないか」という証言。

手がかりは尼崎市にあることもわかり、
私たちはある方法で
Tさん(旧姓Oさん)にたどり着きました。

この車は、珍しい車で
「フォード シエラ サファイア コスワース」。
今も大切に保管しているそうです。
《取材日 2009年4月5日》

【情報をお寄せください】
Tさんへのインタビューで
、重大な事実がわかりました。
「車は知らない間に、理性院の境内から
阪神電車わきの道路まで運ばれていた」という事実です。
私たちの取材は、まだ続きます。
皆さんからの情報を
sinsai@kobe-u.com
までお寄せください。

もっと詳しいリポートは…
公式サイト
http://home.kobe-u.com/sinsai/photo01.html
をご覧ください。





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