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阪神淡路大震災[写真調べ学習]プロジェクトの中高生、大学生の活動(公式サイトはhttp://home.kobe-u.com/sinsai/)と、防災副読本『語り継ぎたい。命の尊さ~阪神淡路大震災ノート』(学びリンク刊)関連の動きをお伝えします。
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【写真4】倒壊した阪神高速道路:高架上に残された自動車はどうやって降ろした?…/僕たちの阪神大震災ノート
【写真4】およそ650メートルにわたって倒壊した阪神高速神戸線(1995年1月17日 午前9時すぎ芦屋市平田町で 神戸大学ニュースネット委員会)
写真はここをクリック↓

http://home.kobe-u.com/sinsai/images/photo04_theme.jpg

倒壊した阪神高速神戸線

この写真は、
およそ650メートルにわたって倒壊した
阪神高速神戸線を
1995年1月17日午前9時すぎ
芦屋市平田町から神戸市方向に向かって
撮影した写真です。
神戸大学ニュースネット委員会OBの
住田功一さんが撮影しました。

高速道路が崩れるなんて、驚きました。
高架の上を走っていた車や、
下を走っていた車はどうなったのでしょうか。
静岡県森中学校チームが
修学旅行で神戸に出かけて調べました。

走っていた車はどうなったのか

阪神高速道路株式会社に取材に伺いました。
鎌倉安博さん、西出浩明さん。
木下義康さん(阪神高速技術株式会社出向中)に
答えていただきました。

神戸線で、倒れたところ1か所、
落橋したところ5か所、
ひびは、沢山ありました。
阪神高速の道路上や高架下で16人の方が亡くなり、
79人の方がけがをされました。
当社では、亡くなられた16人の方を
はじめとした震災犠牲者を慰霊するために、
慰霊碑を建てました。

尊い教訓を資料館に

残骸の一部は倉庫に資料として残しています。
震災の教訓として、
資料館を開設する準備を進めています。
(※2010年1月に東灘区深江浜町の
震災資料保管庫をリニューアルし公開しています。)

地震が起きたあと、高速道路の上を走っていた人たちは、
車を置いて非常階段を使って避難したため、
高速道路の上に多くの車が残されました。
高架を作りなおすために、
その車を、持ち主に返すことになり、
傷をつけないように
布を使って車をクレーンで持ち上げました。

つり上げられる被災したトラック

《取材日 2009年4月15日》

もっと詳しいリポートは…
公式サイト
http://home.kobe-u.com/sinsai/photo04.html
をご覧ください。
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