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阪神淡路大震災[写真調べ学習]プロジェクトの中高生、大学生の活動(公式サイトはhttp://home.kobe-u.com/sinsai/)と、防災副読本『語り継ぎたい。命の尊さ~阪神淡路大震災ノート』(学びリンク刊)関連の動きをお伝えします。
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【写真8】遺体を前に手をあわせる:14年後、同じ場所で/僕たちの阪神大震災ノート
【写真8】遺体を前に遺族は泣き崩れ、手をあわせる(1995年1月20日 神戸市東灘区魚崎北町で  読売新聞社)
写真はここをクリック↓

http://home.kobe-u.com/sinsai/images/photo09_theme.jpg

どのような状況で撮影されたのか

ご遺族の悲しむ様子が生々しく、衝撃を受けました。
どのようないきさつでこの写真は撮られたのか。
ここで何が起きたのかを調べようと、
神戸大と阪大の学生らからなる
関西学生報道連盟チームが
調べることになりました。

取材チーム

心を鬼にして撮った

読売新聞大阪本社写真部に問い合わせ、
調べ学習の趣旨を説明し、
カメラマンの方を探してもらいました。
撮影したのは、現在は東京本社写真部に所属する
秋山カメラマンでした。
東京に出向いて、インタビューしました。

秋山さんは取材中たまたま
「母がまだ埋まっています。救助隊を探していただけますか?」と
女性から声をかけられました。
おそらく妻・英美子さんではないかといいます。
そして走って、「生存者がいそうな現場がある」と
救助隊を探してきました。
救助されたのですが、
女性は残念ながらすでに亡くなっていました。
「撮るときは心を鬼にして撮った。
こういう写真を残していくことも必要だと思った」。
後日避難所で声をかけてきたと思われる女性からは、
「先日はありがとうございました」と言われたと記憶しています。
《取材日 2009年5月2日》

「このご家族を知っている」

photo09_syuzai1.jpg

秋山カメラマンに聞いても
写真を撮った場所は、東灘区魚崎北町としか
わからないということでした。
グラフ雑誌の写真を持って魚崎北町を訪ねて、
近所の方に聞いて回りました。
すると、偶然にも「このご家族を知っている」
という方に出会ったのです。
《取材日 2009年5月24日》

手を握り返した祖母

私たちは、写っていたのはIさんご一家を
訪ねることができました。
お話をうかがうと、
一階の玄関入ってすぐの場所で寝ていた
おばあさんが、亡くなったということです。
当時93歳、もうすぐ次の誕生日を迎えるところでした。
お孫さんが崩れたがれきの中に手を入れると、
偶然おばあさんの手を探り当てました。
握ると握り返してくれたのです。
しかし、がれきに埋もれて、
どうしても助け出すことが
できなかったといいます。

私たちは14年後、同じ場所で、
ご家族のみなさんの写真を撮りました。
《取材日 2009年5月29日》

もっと詳しいリポートは…
公式サイト
http://home.kobe-u.com/sinsai/photo09.html
をご覧ください。
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