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阪神淡路大震災[写真調べ学習]プロジェクトの中高生、大学生の活動(公式サイトはhttp://home.kobe-u.com/sinsai/)と、防災副読本『語り継ぎたい。命の尊さ~阪神淡路大震災ノート』(学びリンク刊)関連の動きをお伝えします。
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【写真16】震災後初登校する女子高生たち:微笑みのわけ そしてこのあと教室で、悲しい知らせが待っていた/僕たちの阪神大震災ノート
【写真16】震災後初登校する女子高生たち(1995年2月1日、神戸市長田区若松町で 毎日新聞社)
写真はここをクリック↓

http://home.kobe-u.com/sinsai/images/photo24_theme.jpg

がれきの街でなぜ微笑んでいるのか?

photo24_team.jpg

大きな地震災害から2週間後。
まだ瓦礫の山が多い状況で、
どのようにして授業は再開されたのだろうか。
学校に被害はなかったのか。
なぜ、女子生徒たちは微笑んでいるのか。
神戸大学発達科学部チームが
制服を手がかりに調べ始めました。

「生活の一歩、ニュースになる」

photo24_cm.jpg

「サンデー毎日」を編集している
毎日新聞東京本社に尋ねると、
同社出版写真部の高橋勝視カメラマンが
撮影されたことがわかりました。
高橋さんにアポを取って、
写真のコピーをFAXし、
電話取材を行ったところ、
撮影場所は鷹取商店街の
近くだとわかりました。
「高速道路や鉄道など、
公のものは比較的早く立ち直っていく一方で
個人の生活の立ち直りには
差があると思っていた。
写真左側には焼け跡が残っている中、
制服を着た生徒が
登校しているという様子は、
ニュースになると思ったので撮った」
と話してくださいました。
《取材日 2009年4月17日、6月1日、
 横浜緑ヶ丘高校が8月2日に面接取材》

制服から高校を特定

町での取材から、
高校生は神戸野田高校の
生徒ではないかということがわかりました。

photo24_syuzai2.jpg

神戸野田高校を訪ね、
池田鈴美理事長、加藤雅丈教頭に
話を聞きました。
生徒が登校をはじめたのは、
確かに2月1日で、
授業は2月8日から再開したことが分かりました。
理事長に写真の生徒について尋ねたところ、
神戸野田高校の生徒に
間違いないということでした。
平成13年に新しい制服になるまで
このミラ・ショーンのデザインの
制服だったといいます。
右端に写っている女子生徒は震災当時、
須磨区に住んでいた生徒であることが分かりました。
《取材日 2009年6月24日》

写っていたNさんに取材

photo24_syuzai5.jpg

写真右端の、Nさん(32)と連絡が取れました。
ご主人とともに、三宮の喫茶店で
取材に応じてくださいました。
Nさんは当時須磨に住んでいました。
写真に写っているのは、
左からMさん、Yさん、Nさんで、
中学時代からの友人。
ふだんから3人で
一緒に登校していたといいます。

このあと教室で、悲しい知らせが待っていた

Q.表情を見ていると
  安堵しているように見えますが?
A.そうですね、この時はまだ…。
  私の住んでいた所は
  そんなに被害は
  ひどかったわけじゃないので。
Q.(二人の)お友達もそうでしたか?
A.そうですね。家が近所で、
  被害はひどくなかった。
Q.たまたまこの写真が
  安堵の表情だったということですか?
A.いや、まだこの時はわからなくて、
  (教室に)先生が入ってきて
  急に泣き出して、
  「実は(生徒の一人が)亡くなったの」って。
Q.じゃあこの時点で
  クラスメートの安否は…。
A:もうぜんぜん。電話も通じないし。
  何回かかけて、何十回に1回
  つながるみたいな程度で。
Q.そのころは携帯電話は?
A.ポケベル。でも、
  結局ポケベルするにも電話がいりますしね。
《取材日 2009年12月13日》

もっと詳しいリポートは…
公式サイト
http://home.kobe-u.com/sinsai/photo24.html
をご覧ください。
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